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名古屋高等裁判所 昭和31年(ネ)320号 判決

控訴人 古市文衛

右訴訟代理人弁護士 中根孫一

同 榊原幸一

被控訴人 瀬古一郎

右訴訟代理人弁護士 梅田林平

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

控訴人が昭和三十年十二月十八日に、額面金五十万円、支払期日昭和三十一年三月三十日、支払地及び振出地とも岐阜県養老郡高田町、支払場所株式会社東海銀行高田支店、受取人日田産林株式会社橋本正木なる約束手形一通を振出したこと、被控訴人が現在右手形を所持していることは、当事者間に争がないところである。

しかして、裏書部分を除いて成立に争がなく、原審証人吉岡鉱太郎の証言及び原審における被控訴本人の供述により、右裏書部分の成立をも認めうる甲第一号証の一によると、訴外日田山林株式会社は昭和三十一年三月一日、本件手形を訴外吉岡鉱太郎は裏書譲渡し、同人が同月五日更に被控訴人これを裏書譲渡したことを認めることができ、右認定を動かすべき証拠はない。

ところで、控訴人は、本件手形の受取人欄には「日田産林株式会社」に並べて「橋本正木」と記載せられているから、本件手形の受取人は右訴外会社であるか、或いは訴外橋本正木個人であるか不明であり、又その支払場所欄には「東海銀行高田支店」と記載されているが、同支店は昭和三十年十二月九日その名称が東海銀行養老支店と変更せられたもので、本件手形振出当時同銀行高田支店は存在していなかつたから、本件手形は手形の記載要件を欠くと主張するので、以下この点につき考えてみる。一般に、会社の代表者を表示するときは、会社の商号の左側に代表者たることを示してその氏名を併記するのが通例であり、本件手形の受取人欄に日田産林株式会社の左側に併記された「橋本正木」の氏名は、同社代表者たることを明示してこそいないが、同会社の代表者を表示するために記載されたものであつて、同会社との関係は自ら明白であると解せられるから、従つて本件手形の受取人とせられたのは、日田産林株式会社であるというべく、その受取人が不明であるということはできない。又、約束手形の支払場所の記載は、絶対的記載要件でないのみでなく、本件手形の支払場所とせられた東海銀行高田支店が振出当時同銀行養老支店と名称を変更せられていたとしても、両者は、同一の支店であつて、単に支店の名称を変更したに過ぎないことが、控訴人の主張自体より窺われるから、本件手形振出当時同銀行高田支店が存在しなかつたとは、勿論いいえないところである。従つて前記控訴人の主張も亦理由がないというべく、これを採用するに由ない。

更に、控訴人は、本件手形の受取人が日田産林株式会社であるとしても、その第一の裏書人は日田山林株式会社であり、日田産林株式会社と日田山林株式会社とは記載自体より別個の会社とみるべきであるから、被控訴人の取得した本件手形は裏書の連続を欠く旨主張するので、次に、この点につき考えてみる。手形の裏書は、受取人と第一の裏書人、又は被裏書人と次回裏書人とが同一人であることを認めうるほどに表示せられておれば、裏書の連続があるものと解すべきところ、本件手形についてみるに、受取人日田産林株式会社と第一の裏書人日田山林株式会社とは、その差異は「産」と「山」の各一字に過ぎず、しかも、両社の代表者の表示はいずれも橋本正木とされている点よりすれば、両者は同一の会社であると認めるのが相当であり、振出人たる控訴人が「日田山林」とすべきところを、「日田産林」と誤記したものと推測することができるから、被控訴人の取得した本件手形につき、裏書の連続の欠缺はないものといわねばならない。従つて、右控訴本人の主張もまた理由なく採用することができない。

そこで、進んで控訴人主張の悪意の抗弁につき、以下考察してみる。

成立に争のない第三号証の一、第五号証の一、当審における控訴本人の供述により成立を認めうる第七号証の一、当審証人村上末松、同松巾久二、同松居治夫、同坂本清一(第一、二回)、同吉岡あい子、同吉岡鉱太郎及び同古市籌衛の各証言、並びに被控訴本人の供述によると、次のような事実が認められる。

即ち、控訴人は、昭和三十年十二月十八日前記橋本正人との間に、熊本県阿蘇郡小国町所在山林の松立木約四千石を代金三百二十万円にて買受ける契約をなし、右代金支払のために、本件手形外四通の約束手形(額面合計二百五十万円)を振出したものであること、ところが、右橋本正人は、外二、三名の者とともに前同日頃より同月二十八日頃迄岐阜県下養老町の訴外吉岡鉱太郎の経営する料理旅館千歳楼に滞在していたのであるが、その間、同月二十四日頃同訴外人の申告により、無銭遊興宿泊の容疑で取調を受け、その際、右控訴人振出の手形を所持していたところから、山林売買の件の取調もなされ、その結果、控訴人が買受けた山林の立木は、他人の所有であつて、控訴人は橋本正木に騙されて売買契約をなし、手形を振出したものであることが判明したこと、そこで、控訴人は、その頃右契約は同人の詐欺によるものとして、これを取消し、同人に対して手形の返還を求めたのであるが、同人がこれに応じなかつたこと、右無銭遊興宿泊の件は、同人が右手形を所持していて、これによつて支払すると言明し、又山林売買の件も、同人が材木を控訴人に送ると弁解し、且つ遠隔の地の関係事件でもあつたので、いずれも刑事事件として捜査が進められなかつたが、同人は結局右吉岡鉱太郎方の遊興宿泊代金合計約二十一万円のうち金三万円を支払つたのみで残額の支払ができず、やむなく、同人に対し金側時計一個と本件手形を裏書譲渡して帰つたこと、右のような事情で、吉岡鉱太郎は、本件手形を取得した当時、本件手形は控訴人が山林立木の売買代金として、橋本正木に詐取せられたものであつて、同人に対して、その支払を拒否しうる事由の在することを知りつつ、これを取得したものであること、以上の事実を認めることができる。叙上の認定に反する証人吉岡あい子並びに原審及び当審における証人吉岡鉱太郎の各供述部分は、右に挙げた各証拠に照して信用し難く、その他右認定を覆えすべき証拠はない。しかして、前掲乙第五号証の一、証人吉岡鉱太郎の証言、及び当審における被控訴人本人の供述、並びに本件弁論の全趣旨を総合して考えると、被控訴人は、かねて、昭和二十三年頃より近畿日本鉄道養老駅構内において、右吉岡鉱太郎と共同で喫茶店千歳を経営しており、又同人より委任を受けて株主総会に出席したこともあり、同人と極めて親密な間柄にあつて、本件手形についても、その裏書譲渡を受けるに先立ち、同人より該手形の取立を委任せられていた事実が認められるのであつて、(被控訴人は、右喫茶店千歳の出資持分を吉岡に譲渡した代金二十五万円の支払のため本件手形を譲受けたものであるというが、その真疑の程はともかく)右認定の事実よりすれば、被控訴人においても、本件手形は、控訴人が前記認定のような事情により橋本より裏書譲渡を受けた吉岡鉱太郎に対し支払を拒否しうる事由の存することを知りながら、あえて同人よりこれを取得したものであることを推認するに難くなく、右認定に反する原審及び当審における被控訴本人の供述部分は、たやすく措信することができない。そうとすれば、被控訴人は、控訴人を害することを知つて本件手形を取得したものというべく、従つて、この点に関する控訴人のいわゆる悪意の抗弁は理由あるものといわねばならない。

右のようなわけで、控訴人に対し本件手形金の内金二十五万円の支払を求める被控訴人の本訴請求は、その余の判断をまつまでもなく、失当としなければならないから、これを棄却すべきものと考える。

よつて、右と趣旨を異にし、被控訴人の請求を認容した原判決は、とうてい維持しえないから、これを取消すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条、第八十九条を適用して、主文のように判決する。

(裁判長裁判官 山口正夫 裁判官 吉田彰 吉田誠吾)

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